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経歴
北海道日本ハムファイターズに所属するプロ野球選手。広島県出身。
広島鯉城シニア時代は連盟記録となる通算51本塁打。シニア全日本選抜ではアメリカ遠征で4本塁打を放ち、投手としても141km/hを記録した。
大阪桐蔭高等学校に進学すると、1年夏は5番一塁、投手としても最速147キロを記録する。
秋からはエースで4番を任され、翌2006年春には151km/hまで球速が伸びた。2年次は肩の故障で投手としては思うような活躍が出来なかったものの、打者として大阪大会新記録となる4試合連続本塁打、甲子園では推定飛距離140メートル弾、さらに秋季近畿大会では紀三井寺球場で推定飛距離170メートルの本塁打を放つ。このころから世間やマスコミの間では平成の怪物と呼ばれるようになっていた。3年生(2007年)時、大阪大会直前の練習試合(7月6日、生野工戦)にて高校通算本塁打の新記録(87本)を達成。大会の決勝では植松優友(現・千葉ロッテマリーンズ)を擁する金光大阪高等学校と対戦し、投手としては初回に3点を取られ、打つ方でも5打数無安打と不発で、チームも敗戦した。
同年10月3日のプロ野球ドラフト会議(高校生対象)において、上位指名候補として佐藤由規(仙台育英学園高等学校)や唐川侑己(成田高等学校)と共に『高校生ビッグ3』と呼ばれ注目されていた中田は、北海道日本ハムファイターズ、阪神タイガース、オリックス・バファローズ、福岡ソフトバンクホークスの4球団から1巡目に指名を受けた。抽選の結果、交渉権は北海道日本ハムが獲得。
高卒新人としては史上5人目となる契約金1億円・出来高5000万円・年俸1500万円(推定)で仮契約を交わした。
プロでは三塁手を自ら希望した(球団の起用方針とも一致)。背番号は2007年に引退した「ミスター・ファイターズ」こと田中幸雄の6を引き継いだ。
プレースタイル
エピソード
所属球団・チーム
個人成績・タイトル
出場大会
代表歴
応援歌
勝負決める一振り 血と汗の勲章 その手で夢掴め さぁ翔け中田
(参照:日本ハムの応援歌(球団・選手別))

